七夕っぽく、短編小説的な何かを書きます。
こういうのもまたライヴ感。
どこに飛んでいくか分からないから良いのだ。

分かりやすく、記事番号の最初がNNで始まるものは短編小説的な何かです。


  『星に願いを』

「この時間になるとやっぱりまだ寒いね」とナオ君が言う。
帰り道、ふと思い立って天の川が見たいって言った私に、「見えるか分からないけど」って、自転車で20分の公園にある展望台まで連れて来てくれたのだ。
梅雨の晴れ間だ。
思い返してみれば、七夕はいつだって梅雨の只中だった。
ようやく太陽の光が姿を消した後で、私たちの背後にはまだ夏の空の気配がわだかまっている。
星が見えるまでには少しかかるってナオ君が言うから、虫よけスプレーを思いっきり全身に撒いてから来た。バスケ部のユニフォームを脱いだ瞬間のエイトフォーさえ塗りつぶされるくらい。けれど、さっきから耳だけがかゆい。確かにメイクが取れるのが嫌で、顔になんてほとんどかけてなかったけど。耳なし芳一か私は。

「確かに少し涼しいけど、ナオ君寒い? 私はまだ耐えられるよ」
「僕は大丈夫だよ、カーディガン着てるし。けど、マヤがさっきからずっと腕をさすってるから」
気付いてみたら確かにそうだった。制服のブラウスから出た腕をさすっていた。
無意識に寒いと感じていたのか。そんなこと全然思ってなかったけれど。
「僕からここに誘ったのに、寒くて風邪なんてひかれたら嫌だから。寒かったら言ってよ、カーディガン貸すからさ」
その言葉に、私は曖昧に笑って誤魔化す。その長袖のカーディガンは多分少し暑い。
――もう少しだと思うんだけどね、完全に暗くなったら出てくるよ。
脇見をした私の目を盗むように、ナオ君はまた時計にちらりと目を落とす。このベンチに座ってから、ナオ君が時計を見るのはもう15回目だ。あまりにも暇だから、ずっと数えているのだ。
別に、そんなに慌てなくてもいいのに。
星なんて待っていればいつかは出てくる。雨が降る予報ならばまだしも、今日の予報は珍しく降水確率0%の快晴。
ナオ君は優しい。それは教室の窓から見上げた梅雨空のよう。どこまで行ってもやわらかい霧雨のようで、暖かいけれど時折鬱陶しくなることだってある。

砂浜に落とした宝石のかけらを探すみたいに、ナオ君は天を見上げて目を凝らしている。
私もそれにつられるように空を見上げる。
「流れもしない星を見るために空を見上げるなんて、もしかしたら初めてかもしれない」
「流れ星も七夕様も同じようなものだよ」
私の何気ない一言にでも、ナオ君はいちいち応えてくれる。
「同じなの?」
「どっちも願いを叶えてくれるから」そう言ってナオ君は、今日初めて私の顔を正面から見た。「マヤは七夕様にどんなお願いをするの?」
七夕には願い事を書く。そういえばそんな日なのだ。すっかり忘れていた。
「考えてもみなかった。それに、短冊もないし」
「笹は分からないけど、短冊なんてその辺のコンビニでも買えるよ」
「そんなの売ってるところ見たことないよ」
「折り紙でもメモ帳でもいいんだよ、それっぽい形に切れば短冊なんてすぐできるから」
「そういうものなの?」何か釈然としない。「だったら、ナオ君は何を書くのさ」
うーん、とナオ君は考えて、
「あ、星がやっと出てきた」と空を指差す。

何か騙されたような気分で私も空を見上げる。ナオ君の指の向こう側に明るい星がいくつも出ていた。
「やっぱり、ここなら見えた。夏の大三角」
デネブ、そしてアルタイルとベガ。いつもは街の光に薄れて消えそうな光だけれど、灯りのないこの場所からは見ることが出来る。
「ねぇ、天の川はどこにあるの?」それらしいものが全然見えなくて、私はナオ君に聞く。
「アルタイルの足下あたりから、二人の間を通り抜けるように流れてるやつだよ」
ナオ君の指の後を追うように目を凝らしてみる。
「全然見えないんだけど。ナオ君ってもしかして視力10くらいあるの?」
私だって視力は別に悪くないけれど、全然見えません。
多分怪訝な顔をしていたであろう私にナオ君が笑う。「視力が10あっても見えないよ。天の川の光は弱くて、日本の町中までは届かない」
それを聞いて私は落胆する。「遠くて弱い光は、強い街の光に消されちゃうのね」

「そうだね、でも、それで何が悪いの?」
ナオ君は笑って私に問いかける。それが少し気に入らない。
「だって七夕だよ。織姫が居て、彦星が居て、天の川がある。そうじゃなきゃ話が始まらないじゃない」
別に天の川はなくてもいいじゃないか、とナオ君は言う。
「二人でデートしてばかりの織姫と彦星に天帝様が怒って、二人を天の川で引き離しました。しかし、長年の研究と努力の結果、天の川を消す技術を生み出すことが出来ました。天の川が無くなった今となっては、織姫と彦星は、毎日、好きなときに会うことが出来ます」
これでいいじゃないかと笑う。
何か納得がいかず、騙された気持ちの私に向かってナオ君は言う。さっきの、短冊に書く願い事を教えるよと。
「明日も二人が会って、幸せな時間を過ごすことが出来ますように」
「明日だけでいいの?」この期に及んでも私は意地悪な質問をしてしまう。
「七夕は、二人が会えるから願いが叶うんでしょ? だったら、明日また同じお願いをしようよ」
そして、やっと私はナオ君の願いの本当の意味に気付く。

天の川が消えてくれたならそれでいいじゃないか、ようやく私はそう思う。
見えない天の川を無理して見ようとすることはない。
私も同じ願いをかければいい。
そして私はナオ君の手を握りしめる。その手は最初は冷たいけれど、すぐに暖かく変わる。